スクール特集(新渡戸文化高等学校の特色のある教育 #1)
「余白のある学び」から、Happiness Creator(しあわせ創造者)が続々誕生!
自分や周囲の人々の幸せを生み出すことができる、Happiness Creatorの育成を目指す新渡戸文化高等学校。時間割が決まっていない水曜日の「余白のある学び」とは?
新渡戸文化高等学校は、他の学校にはないユニークな授業や取り組みを多数行っている。自分で学びをデザインし、主体的に学び続けられる“自律型学習者”として成長していく同校の教育について、山藤旅聞先生(副校長・高等学校教育チーフデザイナー)と芥隆司先生(ラーニング ディレクター)、そして高2の生徒に話を聞いた。
水曜日の「教えない授業」
同校には、週1日「教えない授業」の日がある。毎週水曜日に行われるクロスカリキュラム(教科書横断型授業)は、教科を越え、教科書の枠から飛び出した学びを展開しているが、学習指導要領に紐づけられているのが大きな特徴である。
「今の日本で、中高生に『何のために勉強していますか?』と質問したら、おそらくほとんどの人が『いい大学に入るため』と答えるのではないでしょうか。それは、大人が作った社会の影響を強く受けているから出てくる答えだと思います。毎日、家と学校、あるいは塾との往復しかしていない生徒たちは、本当にそうなのかと問い直せる時間さえないかもしれません。そこで本校では、水曜日を1日中フリーにしました。自分が本当にしたいことは何か、何のために勉強するのか、この先どう生きていくのかなどを考えるための時間です。たくさんの大人に会ってみたら、今まで思っていたこととは違う考えもあるのだと、気づけるような出会いがあるかもしれません」(山藤先生)
試行期間は水曜日の2コマからスタートし、現在は1日の時間割全てをフリーの時間として、全教員でクロスカリキュラムに取り組んでいる。
「1日中自由にしていいですよと言ったら、生徒たちは何をし始めるのかと、多くの人は不安になるでしょう。しかし、大学受験のために必要と考えて詰め込まれたような時間割から自由にしたら、生徒たちが何を始めて、何を生み出すのか、本校の教員たちは楽しみなのです。そして今、生徒たちはそれを様々な形で証明してくれていて、人思いだったり、地球思いのとても優しいプロジェクトがたくさん生まれています。もし週1コマしかないのに、答えのない問いに答えなさいと言われたら『人口減少』や『地球温暖化』といった大人が認識した課題しか浮かばないかもしれません。大人が作ったものから完全に自由にしたら、自分の関心をちょっと広げたところの誰かの笑顔につながるような、そんなプロジェクトが生まれてくるんだと今生徒たちから教わっている最中です」(山藤先生)
▶︎山藤旅聞先生(副校長・高等学校教育チーフデザイナー)
相互連携している3Cカリキュラム
同校では、クロスカリキュラムの一環として、日本国中や世界各地へ旅に出て、実在するリアルな社会課題に触れる「スタディツアー」(社会課題解決型修学旅行)を実施している。生徒自身が行き先(行き先とツアー数は毎年変わる)を選択し、自ら旅をデザインして自律型学習者へと踏み出していく。
「スタディツアーで印象に残っている例は、過疎化により、小学校も中学校も廃校となってしまった地域の高齢者との出会いです。どうしたら優しくしてくれたおじいちゃんやおばあちゃんたちの笑顔を作れるかと考えて、昔の話をしているときの嬉しそうな表情に注目しました。それで、写真展をやろうということになり、またその地域に通って昔の写真を見せていただきながら、いろいろなお話を聞きました。そして、使わなくなった漁協の事務所を大掃除して写真展を開いたんです。段差があるのに車椅子で来てくださった方や、ほとんど寝たきりだった方なども支えられて来てくださり、本当に喜んでいただけました」(山藤先生)
自律型学習者の育成を目指す「3C カリキュラム」は、Core Learning(基礎知識の構築)からCross Curriculum(教科横断型授業) 、そして現実に起こっている課題を発見し解決を目指すChallenge Based Learning(CBL)へと進んでいくという意味ではなく、相互に連携していると芥先生は説明する。
「本校では、Happiness Creator(しあわせ創造者)を育成するという大きな目標があり、そこに向かって、学校生活の中で自律して学ぶ人(自律学習者)を育てることを目指しています。初代校長の新渡戸稲造氏は「知行合一」(行動を伴わない知識は未完成)と「学俗接近」(学問と社会をつなぐ)という言葉を残しました。知識だけでなく、行動を伴って初めて学びであり、社会と密接に関わって学んでいくことが大切だという教えです。コアラーニングによる知識寄りの学びを経て、行動寄りのクロスカリキュラムやCBL、スタディツアーを通して社会とのつながりや、知識と行動がつながる場面が生まれます。それらの活動の中で『この知識がないから、この論文を読んでみよう』などとまたコアラーニングが必要になってくるなど、3つのCは相互に連携しているのです」(芥先生)
▶︎芥隆司先生(ラーニング ディレクター)
教科の枠を超えた学び
高校2年生のKさんは、数学の授業がクロスカリキュラムなどにも活かされていることを実感しているという。
「新渡戸文化の数学は、ただ座って話を聞く授業ではなく、近くの人に教えながら、あるいは教えられながら学ぶ形をとることが多いです。数学の問題を解くには基礎知識や公式が必要ですが、人に教えるとなると、それらをわかりやすく人に伝えるにはどうすればよいかということも考えなければなりません。ですから、人にどうやって伝えたらわかりやすくなるかということも学べました。そしてそれは、クロスカリキュラムの時間にプロジェクトを伝えるときなどにも活かされています。逆に、プロジェクトで発表した経験が数学の授業にも活かされるなど、双方向に関係していることを実感しています」(Kさん)
探究進学コースのKさんは高2から文系選択となったが、数学も学びたいという強い思いがあり、選択科目として履修している。
「数学は、デザインなど日常生活にある身近なものや、誰かをほんの少し幸せにしたいというプロジェクトを表現したり、それを人に伝えるときに必要だったり、全てのことにつながる基礎だと思っています。測り方や考え方など、世の中のことは数字で表せるものが多いです。例えば、経済なら円安とか、満足度が何%とか、人間の心理的な部分なども数字で表せます。プロジェクトの中でも、Uターン率が低い地域とか、子どもが少ないとか多いとか、数や比率が出てくることが多いです。ですから数学を理解することは、パッと見ただけでは問題点がわからないときに、データとして出すことで課題を見つけやすくすることにもつながると思います」(Kさん)
Kさんがこのように考えるようになったきっかけは、芥先生の授業だったと振り返る。
「高1のとき、芥先生が学年全員に向けて『なぜ数学を学ぶのか?』と問い直す時間を作ってくれたんです。身の回りにどんな数学が隠されているかを調べたりして、それぞれ発表しました。そのときに、それまでは全く気にしていなかったことが、数学と関連していることがわかり、こんな数学の楽しみ方もあるのだと知ることができました」(Kさん)
▶︎高校2年生 Kさん
新渡戸生が取り組む「優しいプロジェクト」
Kさんは現在、3つのプロジェクトに取り組んでいるという。
「1つ目は、趣味の野球観戦から課題を見つけて、スポーツ場のゴミ問題に取り組んでいます。飲食物の売り方を変えて、ゴミが出ないスポーツ場を作るという「ゴミゼロスポーツ場プロジェクト」です。2つ目は、ダンスをやっている2人の弟がきっかけとなっています。2人が所属している『FaiRy』というチームは、障がいのあるなしに関わらず、ダンス・歌・演奏などで多様性を伝え、笑顔を届けるというエンターテイメントチームです。チームの方たちを見て、本当に障がいなんて関係ないんだなと思ったので、障がいのある方と関わったり、情報を発信する『障がいを考えるプロジェクト』に取り組んでいます」(Kさん)
3つ目は、スタディツアーから生まれたプロジェクトだ。
「スタディツアーで訪れた地域で、地方の子どもたちはその地域の魅力を知らないという課題を見つけました。僕から見たら、自然が豊かで、人が温かくて、食事も美味しくてとても魅力的な町だったのですが、そこに住んでいる子どもたちは早く東京に出たいとか、もっと便利な暮らしがしたいと、みんな口を揃えて言っていたんです。それはすごく寂しいなと思ったし、Uターン率が低いというリアルな数字も見えてしまったので、このままにはしておけないと思いました。そこで、地元の魅力を感じられるように、東京と地方の子どもたちに出会ってもらって、お互いの町を行き来する『日常の交換ツアープロジェクト』を運用しています」(Kさん)
このようなプロジェクトに取り組み、充実した学校生活を送っているKさんだが、中3の夏頃までは都立高校を受験するつもりだったという。
「中学校の先生から紹介されて新渡戸文化の説明会に来てみたら、山藤先生のプレゼンに親子2人でショックを受けました。こんな世界があったのかという、いい意味でのショックです。水曜日のことやいろんなプロジェクトが生まれているという話などを聞いて、すっかり心をつかまれました(笑)。その後、他校の説明会にも行ったんですが、やはり新渡戸の話が一番印象に残っています。両親は新渡戸の独自教育に不安もあったとは思いますが、最終的にはやりたいことがあればやってみなさいと応援してくれました。それは、僕を信じてくれたのかなと思っています。結局、都立は受験せずに新渡戸1本でした」(Kさん)
ゴミゼロスポーツ場プロジェクト
卒業後も学び続ける新渡戸生
水曜日を1日フリーにしたことで見えてきた成果の1つとして、同校の生徒たちは「卒業後も学び続ける姿」を見せてくれているという。
「大学では、自分たちで何かの活動をしている学生はあまり多くないようです。本校の卒業生からは、自分たちで声をかけて、自分たちで良い環境を作っていこうとしているという声もたくさん聞きます。そのような卒業生たちの影響もあって、今年度は、初めからやりたいものがあったり、あこがれの先輩がいるからとか、あのプロジェクトをやりたいと思って入りましたとか、そんな新入生が増えました。今年の卒業生は、1日フリーの水曜日を高校1年から3年まで3年間フルに受けた初めての生徒です。その卒業生たちは、こちらからは何も言っていないのに、後輩たちのために壁打ち(自分の考えを試しに人に話して反応をみる)相手になりたいからインターンに来ると言ってくれています」(山藤先生)
新渡戸生たちが卒業後も学び続けられるのは、各教科の知識を覚えて再現できるようにすることに重きを置く「コンテンツ・ベース」ではなく、知識を活用するための思考力・判断力・表現力などを身につけることを重視した「コンピテンシー・ベース」で学んできた積み重ねがあるからだと芥先生は説明する。
「大学生になってからどれくらい勉強するかは、大学の偏差値によって差があるわけではありません。そもそも、日本の大学生はかなり勉強時間が少ないです。そのような中で、本校の卒業生たちは学び続けています。学びといっても、必ずしも大学での学びという意味ではありません。見たり聞いたりしたものをしっかりキャッチして、何に活かせるか考えたりして、どんな場面でも学んでいるのです。本校では、この大学はこの偏差値だから、これくらい勉強が必要だという言い方はしていません。常にコンピテンシー・ベースで、その進路に向かうためには文章を書く力が必要だねというように、目標の達成に向けて対話し続けるというのが私たちのスタイルです」(芥先生)
大人との出会いから広がる進路
様々な職業、価値観や経験を持つ大人と出会うことにより、生徒たちの進路には、どのような広がりが見えてきたのだろうか。
「例えば、日本の食材を使って人々の笑顔を広げたいといって、積極的就職をした卒業生がいます。大学に進んだ4年後の自分と、今から現場に入ってからの4年後を比べたら、今からスタートしたほうがよいと判断したんです。大学に進学しようと思えばいろいろ選べたのですが、ここだと決めた企業に自分で連絡してバイトから入って就職しました。保護者も『よく見つけた!』と言う感じで応援しています。大人と出会い、こんな世界があると知ったことからつながった進路の象徴的な例です」(山藤先生)
今年度も高校3年生がどんどん進路相談に来ているが、学びたいことからではなく、大学から先に選んできた生徒には「その大学に、本当に背中を見せてくれる先生がいますか?」と問いかけているという。
「研究室や論文を全部チェックして、次に会うときは『この先生がすごいんです』というプレゼンをしてねと言うんです。すると後日『先生、すごい先生はこっちの大学にいました!』という話になったりします。学びたい先生が見つかったら、生徒たちは会いに行きます。説明会とかではなく、自分でアポを取って会いに行くんです。本当にその先生のところで学びたいと思ったら、会いに行った方がいいでしょう。水曜日の時間を使ってもいいのです。大学の先生も、高校生から会いたいと言われたら快く対応してくれます。以前、新渡戸祭の装飾について知りたいことがあって生徒が大学の先生に問い合わせたら、デザインの本質みたいなところから教えてくれて、まるで大学の授業のようになったこともありました(笑)」(山藤先生)
未来づくり系の大学からは「新渡戸生のような人材を待っていた」という声もよく聞かれるようになったと山藤先生は語る。
「先日、大学で打ち合わせしていたら『自分はこれをやりますっていう強い思いを持った学生がいたから確認したら、やっぱり新渡戸生だった。すぐわかったよ』と言われました。本校の生徒たちは、問われている回数がとても多いと思います。例えば、なんで数学を学ぶのか、理科をどう活用するのか、水曜日に何をするのかなどと、ずっと問われ続けているのです。そういった問いと向き合う時間や思考回数は、たぶん全国一ではないでしょうか。何かすごいプロジェクトが生まれていなかったとしても、3年間ずっと問いと向き合ってきた生徒たちは、強烈な印象を与えるのだと思います」(山藤先生)
<取材を終えて>
1日中フリーとなっている水曜日について不安に思う保護者もいるかもしれないが、今回インタビューしたKさんからは、そのような心配は無用だと感じた。同校の生徒たちは、教科の枠を越え、教室から飛び出すことから得られる出会いや経験をたくさん積み重ねて大きく成長している。オープンスクール等の機会に、ぜひ新渡戸生の学びを体験していただきたい。