スクール特集(女子美術大学付属高等学校の特色のある教育 #1)
油絵から漫画やアニメ、デザインへ!活躍の場が見えてくる高大連携授業
日本で唯一の美術大学付属校である、女子美術大学付属高等学校。キャリア教育の一環として行っている、高大連携授業「作家への道」を取材した。
女子美術大学付属高等学校では、普通科としてすべての教科をしっかり学び、2年次からは「絵画コース」「デザインコース」「工芸・立体コース」に分かれて、大学や短大での美術教育に対応できる力を身に着ける。同校では10年ほど前から、キャリア教育の一環として高大連携授業を実施。今回は、高3・絵画コースの高大連携授業「作家への道」を取材し、同校の卒業生でもある女子美術大学教授(芸術学部美術学科洋画専攻)の福士朋子先生と同校美術科主任の遠山香苗先生に話を聞いた。
油絵を描くだけではない洋画専攻の魅力
同校では、高1から高3まで、すべての学年を対象に、女子美術大学・女子美術大学短期大学部の教授陣による、連携授業を実施。美大の専攻は、デザイン系(実用的なものや商業的なものに繋がる美術)とファインアート系(油絵や彫刻、立体、日本画など)の2つに大きく分かれる。どちらかというとデザイン系の方が就職に強いと思われがちだが、近年はファインアート系出身の卒業生も、様々な企業に就職していると遠山先生は語る。
「洋画専攻では油絵を描くだけだと思い込んでいる子もいますが、今は多様化して、漫画やアニメーションも芸術として扱われています。ファインアートの学びは、社会へ出ていくときに様々な形で応用できるのです。高大連携授業を行うようになってから、『洋画専攻では油絵しかできない』という思い込みがなくなり、生徒たちの中でも油絵以外の可能性が広がっていると感じています。大学の先生から話を聞くことにより、大学卒業後の進路について、より具体的にイメージすることができるようになるのです」(遠山先生)
同校では、2年次から「絵画コース」「デザインコース」「工芸・立体コース」に分かれるが、「絵画コース」の生徒がすべて洋画専攻に進学するわけではないと遠山先生は説明する。
「ファインアートを学んでから、デザイン系に進む子も多いです。デザインコースで学んできた子と絵画コースで学んできた子では、タイプが違います。付属校からではなく一般受験で美大に入る場合、ファインアートからデザイン系に進む人はあまりいません。美大進学のために、デザインだけを学んでくる子が多いのです。本校の生徒は、高校時代には好きなことをやりつつ、基礎もしっかり身につけています。ファインアートの学びは、ものを直接触りながら作る手仕事的なものです。その積み重ねによって、ずっとデザイン畑で学んできた人とは違う発想力や着眼点を持つことができます。その違いが、社会に出て現場で仕事をするときに、大きな違いとなるのです。“違うこと”が大事な世界なので、女子美の子が社会で活躍している理由はそこにあると思います」(遠山先生)
「美術が好き」という共通点
福士朋子先生 プロフィール
女子美術大学 芸術学部 美術学科 洋画専攻 教授
・1990年 女子美術大学芸術学部絵画科洋画専攻(油絵)卒業
・1992年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画修了
・1998-2000年 文化庁芸術家在外研修(米国)
・2000年 ペンシルヴァニア・アカデミー・オブ・ザ・ファインアーツ大学院修士課程修了
・2005年 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻油画修了
▶︎福士朋子先生
この日連携授業を行った福士先生は、青森出身。小さい頃から漫画が大好きだった福士先生は、絵の勉強がしたいという一心で、青森から単身上京して女子美術大学付属高等学校に入学した。
「青森には美大もなかったので、美術の勉強ができるところに行きたいと思って上京しました。親もよく出してくれたと思います(笑)。弘前出身の画家で女子美の学長も務めた佐野ぬい先生の存在もあり、女子美の名前は小さいときから聞いていました」(福士先生)
今の高校生とは世代が違うが、「美術が好き」という接点があるので、そこを通してコミュニケーションがとれることが楽しいと、福士先生は語る。
「高校生たちに教えにくるといつも、先生方が生徒全員を主役として育てていることが感じられます。目立つ子もいれば、目立たない子もいて、目立たない子は委縮してしまいそうですが、先生方はどんな子も主役だと思っているのです。自分もそんなふうに育ててもらったことを思い出しました。女子校であることで伸び伸びできる上に、好きなこと、できることを本当に認めてくれるのでますます伸び伸びできる環境です。伸び伸びと育つと、世に出てから人とぶつかることもあると思いますが、中学や高校時代にそんなふうに過ごせることは、大切なことだと思います。私にとっても、とても居心地がよく、自分のペースで暮らせる学校でした」(福士先生)
伸び伸びとした雰囲気は、生徒同士が作り上げているものでもあると遠山先生は語る。
「美術が好きという子が集まっていますが、絵は得意だけれど彫塑が苦手とか、それぞれ得意、不得意があります。教室ではおとなしい子が、彫塑のときにはものすごい力を発揮することもあるのです。そういった場面でも、生徒たちは自然に他者の才能を認め、お互いを認め合うことができています。みんなそれぞれのよさを持っているので、教員がそのよさに気づくことが大切だと思っています」(遠山先生)
高大連携授業「作家への道」(高3)
この日の授業で福士先生は、作家になるまでの道のりや作家になってから歩んできた道について、高3生に語りかけた。生徒たちは、スライドに映し出される海外の大学や先生の作品に興味津々。福士先生は、転機となったアメリカ留学についても語った。
「留学中に、作品についての論文を書く機会がありました。そこで、自分の作品について語れないと、アーティストとして成立しないと気づいたのです。帰国してしばらくして、大学院で博士論文を書いてみないかと、藝大の先生から声をかけていただきました。すでに30歳を過ぎていたので、また学生に戻ることに抵抗もありましたが、自分に必要なことなら、時間が許されればやったほうがいいと思ったのです。それで、幼いころから抱いていた『漫画家になりたい』という思いを作品につなげられないかと考えて、論文*を書きました」(福士先生)
*博士論文「境域をうつす絵画:《絵画-マンガ》往還による多視点・意識・身体の考察」
続いて、漫画の手法を用いた福士先生の作品が紹介された。ホワイトボードやマグネット、ダーツ、油性マジックなどを使い、コマ割りや吹き出しといった漫画の手法で小さな思いつきや心の中の“つぶやき”を描いた作品。ペインティングと漫画がつながる部分はどこなのだろう、と考え始めたことから、現在の作品形態が生まれてきたという。
「FAXを使って『お絵描き少女☆ラッキーちゃん』という漫画を描いていた時期があります。友人やギャラリーなどに、1ページ完結の自作漫画を送信していました。FAXは受け取り拒否できないので、遠山先生にも送っていました(笑)。その後、Web上で公開するようになり、そこからパブリックアートのお仕事につながっていったのです。例えば、2011年には東京アートポイント計画の一環として行われた『ストリートペインティング・プロジェクト』で、改修工事中の東京芸術劇場(池袋)の仮囲い壁に『見て見て☆見ないで』という作品を展示しました。2013年~2014年には、成田空港オアシスプロジェクトで 搭乗前のエリアに壁面アートワーク『Runway』を制作。搭乗口へと向かう通路を、ファッションショーのランウェイにイメージを重ね合わせて、フラッシュを浴びて飛び立つ気分になれるような壁画を作りました」(福士先生)
生徒たちからの関心が最も高かったスライドが、チェコの西ボヘミア大学国際サマースクール「ArtCamp2019」で福士先生が行ったワークショップの授業の様子。「Comics / Manga」と題した5日間のコースには、ロシアやベラルーシなどから多国籍の受講生が集まり、将来漫画家になりたいという高校生もいたと、福士先生は説明する。授業では、漫画の仕組みや絵画と漫画の違いなどについてレクチャーを行い、漫画の起源として、日本の絵巻物を紹介。参加者は実際に長い巻物状の和紙を使って、絵巻物の特徴である右から左への時間の流れなどを体験していた。参加者たちが描いた作品を見て、生徒たちはストーリーについて質問。福士先生からは、海外の高校生たちは日本の漫画に憧れを持っていて、日本の漫画をたくさん読んでいることなども語られ、授業は終了した。
出口が広がる多様な将来像
漫画家になりたいという気持ちを持って、青森から上京した福士先生。好きな漫画を描き続けてきたことで、過去には、同大学のプロダクトデザイン専攻教授・松本博子先生とのコラボで、福士先生のキャラクター・ラッキーちゃんが描かれた女子美グッズも開発された。
「ラッキーちゃんは、どこかで連載しているわけではないのですが、SNSで公開しています。小さいときから漫画が好きで、漫画家になりたいと思って女子美に入りました。ところが、入ってみたら油絵やデザインなど、学ぶことがたくさんあり、美術の世界は広いなと思ったのです。大学に進んでいろいろな道を知って現職に至りましたが、漫画と他のメディアをつなげることができそうだとわかったので、漫画も続けています。日本の漫画は世界で人気ですが、漫画を描く人も増えています。アニメなども、日本の影響を受けた方が作った、面白いものもできています。だから、日本人も安心してはいけないなと思います」(福士先生)
高大連携授業は、10年ほど前から実施している。続けていくうちに、生徒たちの意識も変わってきているという。
「進路を決めるためには、自分が進む道の先がどうなっているか気になります。昔はなんとなく、『油絵が好きだから洋画専攻へ行く』でよかったかもしれません。今は時代が変わり、高大連携が始まったときに、高校の先生からも『出口を見せてください』と言われました。洋画専攻へ進んでも、ゲーム会社、漫画家、アニメの制作会社など、自分が好きなことを仕事につなげることはできます。大学で学んだことが社会にどうつながっていくか、高校生に伝わることを意識して授業をしています。自分の例を出しながら、アトリエで絵を描いているだけではないんだよ、こんな仕事があるよ、社会と連携しているよ、社会にこんな形で役に立っているよ、ということを伝えていきたいです」(福士先生)
<取材を終えて>
同校の卒業生でもあり、卒業後に進むことになる大学の先生でもあり、作家として活躍しているお手本となる存在から、直接話を聞けることはとても貴重な体験である。この日、取材の案内をしていただいた広報の先生が、卒業生であり、アートディレクターとして活躍している吉田ユニ氏がデザインしたTシャツを着ていたことも印象的だった。卒業生の活躍を身近に感じ、女子美愛のあふれる環境の中だからこそ、多くの才能が開花していくのだろう。